若者に農業の夢を
滋賀の道の駅の挑戦
2023.07.20
「西浅井町で新しい特産品を生み出そう」。
そんな地元民の思いが込められている〈奥びわ湖の水の駅栽培ハウス〉。
現在、ここで管理者の一人として働く杉本修さんにお話をうかがってきた。
ベテラン農家さんが抱く、道の駅で果物栽培を続けるやりがいとは?
滋賀県の北部、長浜市西浅井町在住の杉本さんは勤めていた企業を定年退職してから水稲や畑作、いちご栽培に専念するようになった。農業水産物出荷組合で役職を担い、地域農業の発展に力を尽くしてきた杉本さん。彼に〈水の駅栽培ハウス〉の管理という話が道の駅から舞い込んできたのは10年以上前のこと。
〈水の駅栽培ハウス〉とは西浅井町での試験的な農業を目的としたガラスハウス。〈道の駅 塩津海道あぢかまの里〉の敷地内にあり、地元農家が管理人を請け負っていちごやぶどうなどの果物を育ててきた。そんな場所に誘われたときはいったいどんな気持ちに?
「『やりたい』とすぐ思えたね」と、杉本さんは力強く答えてくれた。
「前任者がハウスから退くと聞いて、『せっかくの栽培施設やのに後継者がおらんのはもったいない』と思っていました。経験のある自分は適任やろうなと道の駅の頼みを受け入れました」。
こうして、杉本さんは〈水の駅栽培ハウス〉の3代目管理者になり、3棟あるハウスのうち2棟でいちごを育て始める。彼が「経験のある人間が引き継ぐべき」と考えたのは、いちご栽培の難しさを身に染みて理解していたからだ。
「いちごはすぐ病気になるし害虫も集まってきよる。せやから、悪い部分をできるだけ早く見つけて対処せんとあかん。そういう苦労を知ってないと、道の駅でいちごを作るなんて責任は背負えへんよね」。
ただ、道の駅での毎日はたいへんなことばかりではなかった。杉本さんはここで農業の新しい喜びを感じるようになっていく。
「ハウスのすぐそこに売り場があるから、採れたてのいちごをお客様に食べてもらえます。作り手としてはすごく嬉しいね。リピーターさんができて『ここのいちごはすごくおいしいです』って直接声をかけてもらえるのも、今までにはなかった経験でした」。
杉本さんが言う通り、〈あぢかまの里〉では〈水の駅栽培ハウス〉で収穫された果物を直売コーナーで販売している。ジャムやフルーツサンドなどの材料にもなり、ハウスのいちごはお客様に愛されてきた。また、杉本さんとは別の方が担当している栽培ハウスではマスカット、赤ぶどう、いちじくなどが育てられており、道の駅で買えるフルーツの種類はどんどん増えている。
〈水の駅栽培ハウス〉が果物栽培に挑んでいる理由は2つ。「特産品の創造」と「農業従事者の若返り」だ。〈あぢかまの里〉の総支配人、栢割敏夫(かやわりとしお)さんは語る。
「西浅井町は農業が盛んな地域なのですが、『特産』と呼べるような作物がありません。果物も米も、奥琵琶湖には産地のイメージが浸透していないんです。このままでは『農業はきびしい夢のない仕事』という考えが定着していしまい、若者が地元を離れてしまいます。我々が〈水の駅栽培ハウス〉を大切にしているのは、ここから西浅井町の特産品が生まれてほしいと願っているからなんです」。
「農業を次世代に引き継いでいきたい」という生産者と道の駅の思いは、少しずつ若い世代にも届いている。杉本さんは〈水の駅栽培ハウス〉で子供たちと交流することもあるという。
「近くのこども園の年長さんたちが来てくれる、毎年春の収穫体験が待ち遠しいんですよ。30人くらいの子供たちが自分で採ったいちごを『あまい、おいしい』って食べてくれる。コロナ禍ではお休みしてたんやけど、去年から再開できたのは本当によかった」。
これからは一般のお客様にも収穫体験に来てもらうのが杉本さんの目標。また、現在栽培しているいちごに加えて新しい品種も育てたいという。そうやって道の駅から西浅井町の農業の幅を広げ、地域活性化につなげられたらと杉本さんは願っている。