みちする

キトラ古墳のそばの
農体験小屋で
奈良漬けに挑戦

2023.09.09

奈良県明日香村のキトラ古墳は7世紀末から8世紀初頭あたりに造られた小さな円墳。高松塚古墳に次いで日本で2番目に発見された壁画古墳でもある。古墳の周りは〈キトラ古墳周辺地区〉と名付けられた、〈国営飛鳥歴史公園〉の1地区。ここには古墳の鑑賞広場や壁画の体験館などの観光スポットのほか、明日香村で盛んな農業に触れあえる施設も設けられている。〈農体験小屋〉はそのうちのひとつだ。

古墳近くの〈農体験小屋〉は地元農家の協力のもと、野菜や郷土食にまつわるイベントの会場になってきた。「お漬物の会」は〈農体験小屋〉の名物になりつつある、「手軽でおいしい本物の漬物のつくり方」を教えてくれるワークショップ。今回は8月16日に開催された「奈良漬け」の回を見学させていただいた。

見晴らしがよく、空気もおいしい公園内に〈農体験小屋〉は建っている。

会の講師を務めるのは村の〈みかづき農園〉で自らも農業に携わっている山本あきこさん。この日は大人の生徒さんにまじって、子供たちも漬物づくりにチャレンジしていた。

山本さん(下の写真、右)の説明はやさしく丁寧で、終始和やかなムードで会は進行。

奈良県の伝統的な漬物、奈良漬けづくりの工程は大きく2つに分けられる。食材となる野菜を10~14日ほど塩に漬けておく「仮漬け(下漬けともいう)」と、酒粕に野菜を漬け込む「本漬け」だ。この日行ったのは「本漬け」。2週間前の教室で、生徒さんたちと山本さんが仮漬けしていた白瓜やきゅうりをおいしい奈良漬けにするために、酒粕のこね方から学んでいく。

仮漬けが終わった白瓜ときゅうりを日干しにしているところ。
一般的な酒粕(白)と熟成酒粕(黒)を混ぜ合わせて、漬物のコクが出るようにする。
混ぜた酒粕と野菜を交互に重ねて層にしていく。
子供たちは酒粕のやわらかい感触に夢中!

「本漬け(の入った容器)はどんな場所に置くのがいいのでしょうか?」「酒粕にこだわりはありますか?」など、生徒のみなさんは積極的に質問をしていた。それらに対する山本さんの答えは「室内ならどこでも」「みなさんのお気に入りの酒粕でいいと思います」とシンプル。なぜなら「生徒さんには考えすぎないでほしい」という山本さんの思いがあるからだ。
「塩の割合や漬けておく期間など、奈良漬けにはルールがたくさんあります。でも、それを守るだけでは面白くないなって思うんです。生徒さんには漬物づくりを感覚的に楽しんでほしい。だから、細かすぎる指示は出さないようにしています」と山本さんは説明してくれた。

野菜と酒粕の層を空気が入らないようにラッピングし、本漬けは完了。

本漬けが終わった後で、以前の回でつくっていた柴漬けの試食会が始まった。山本さんと生徒のみなさんが自宅で熟成させた柴漬けを持ち寄り、食べ比べしていく。同じ材料でつくったはずの柴漬けなのにしょっぱかったり甘かったりと、微妙に味が異なる。添加物や余計な調味料を使っていないからこそ、わずかな環境の差が味に影響するのだそう。

味の違いを個性として受け入れていくのが「お漬物の会」のモットー。

ワークショップは90分ほどで終了。今日仕込んだ本漬けは生徒さんの家に持ち帰ってもらう。酒粕の甘さが野菜に浸透し、奈良漬けへと熟成していく期間は短くても半年以上。それぞれどんな個性の奈良漬けになるのか、気長に待つのもまた漬物の楽しみだ。

最後に、山本さんに農業を始めたきっかけや「お漬物の会」にかける思いをうかがった。
「結婚して2人目の子供を産んだことが人生の大きな転機になりました。その子に食物アレルギーがあり、家族の食生活を見直そうと思ったんです。正直、それまでは仕事中心の毎日で心に余裕もありませんでした。『このままの生き方ではいつか後悔してしまう』と考え、自然の中で食べ物をつくってみることにしたんです」。

新卒で食品会社で働くようになったことが、「食への関心が強くなった」きっかけだと山本さんは言う。

こうして、山本さんは土日になると個人借りしている農地で農作業にはげむ、いわゆる「週末農業」を始める。農業や食についての情報収集を熱心に行う過程で、山本さんは人生の恩人と出会った。
「『つけものびと』として知られている、料理人の中川仁(※)さんのお漬物に衝撃を受けました。すごくおいしいし、体中が喜んでいるような初めての感覚だったんです。仁さんのお漬物を広めたいと思って、奈良県にお招きし教室を開いてもらったのが2年前です。それからも何度も仁さんに来てもらったのですが、忙しい人なのでなかなか予定を合わせづらくて。だから、仁さんにご相談して彼のお漬物づくりのメソッドを私が教えるようになりました。それが今の『お漬物の会』です」。
厳密なレシピを押しつけず、山本さんいわく「あえてふわっと遊び心を残している」のは仁さん直伝の教えなのだそう。

(※)日本全国で漬物の教室を開催している料理人で、人呼んで「つけものびと」。フランス料理の世界でキャリアをスタートさせ、40歳から漬物づくりに転向。日本古来の製法にならった漬物を広めている。

山本さんは明日香村で週末農業を続けながら、地元農家さんとの食品開発やマルシェ開催にも取り組む。

ワークショップや農業で携わっている明日香村について、山本さんは「人がやさしくて、雰囲気があたたかい」という印象を抱いている。
「『お漬物の会』のために、明日香村の農家さんは野菜を提供してくれているんです。恩返しに会をずっと続けて、村に貢献していきたいです。たとえば、昔から村で育てられてきた野菜を会で使わせてもらい、品種を守っていくことを考えています」。
「農家さんとつながりながら、たくさんの人を元気にできるように頑張っていきたい」と山本さんはこれからの抱負を語ってくれた。絶好のロケーションで上質な野菜の奈良漬けをつくる「お漬物の会」。ここでは、明日香村の自然と農業、人の魅力が何層にも重なりハーモニーを醸し出していた。まるで熟成しておいしくなる「お漬物」のように。

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