みちする

神戸唯一の醤油蔵 池本醤油2つの挑戦

2023.10.10 FOOD

神戸市北区や六甲山周辺の生産者さん、企業を応援している〈道の駅 神戸フルーツ・フラワーパーク大沢〉。醤油コーナーでは、神戸市西区にある〈池本醤油合名会社〉の商品が、その豊富な種類と味のよさで大人気だ。毎日の食卓に使いやすいかけしょうゆのほか、卵かけごはん用のしょうゆ、だししょうゆなどがところ狭しとならんでいる。明治18年(1885年)に創業し2025年には法人化100周年を迎える、神戸市唯一の醤油蔵〈池本醤油〉。この歴史ある醤油蔵にとって2023年は、2つの「挑戦」を始めた重要な一年だ。

〈池本醤油〉本社。蔵とショップも併設している。

「醤油づくりに必要なのは、上質な水と大豆。六甲山のふもとにはこの2つが揃っているんです」。
〈池本醤油〉で六代目代表社員を務める池本充宏さんは誇らしげに語ってくれた。池本醤油は約140年間、六甲山系の清浄な雪解け水で育まれた栄養たっぷりの大豆を使い、地元で愛される醤油をつくってきた。近年神戸市では、大手メーカーの台頭で、歴史ある醤油蔵が次々に閉業していったが、そんな中〈池本醤油〉は元気に営業を続けている。大量生産よりも手づくりにこだわる昔ながらの醤油蔵には厳しい時代だが、充宏さんは「神戸市にも醤油蔵が残っているんだとアピールしたい」と、日々醤油の製造に向き合っている。

〈池本醤油〉は井戸水から醤油をつくる。六甲山から流れてきて、地下にたまったきれいな水が大豆の味を引き立てる。
「濃口」「淡口」など、種類ごとの醤油タンクを見せてくれた充宏さん。

充宏さんが今夢中になって取り組んでいるひとつ目の「挑戦」は、自社でもろみから醤油をつくりあげることだ。もろみとは、大豆や小麦などを混ぜ合わせ、発酵させてやわらかくしたもの。これをしぼると出てくる液体が醤油だ。大元となるもろみの出来で、醤油の風味は決まるといわれる。醤油蔵にとっては命ともいえるもろみだが、その発酵と熟成は繊細な作業。もろみの桶の管理には労力もお金もかかる。〈池本醤油〉ではコスト削減のため、50年前からもろみをしぼった生揚げ(きあげ)醤油を買い取るようにした。
「でも、自分が代表になってから〈池本醤油〉のあり方をあらためて見つめなおしたんです。そして、醤油蔵を名乗っている以上はもろみも自分たちでつくりたいと強く思うようになりました。幸い、国からの『ものづくり助成金』のおかげでもろみに必要な設備を整えることができました」。

2023年の4月、充宏さんはついにもろみづくりをスタートさせた。2024年の春まで一年かけて、試験的に3つの桶でじっくりもろみを発酵・熟成させていく。それからもろみをしぼって醤油をつくる予定だ。充宏さんにとっては代表社員になって初めて手がけるもろみ。その手ごたえは?
「熟成を始めてまだ半年ですが、香りがすごくよくうまくいきそうだと確信しています。今から来年の春が楽しみですね。びっくりしたのは、同じ原材料を同じ環境に置いているはずなのに、桶ごとに香りが違ってきているんです。発酵菌は生き物。こちらの想像通りにはいかないけれど、それが面白いです」。

「濃口」「淡口」など、種類ごとの醤油タンクを見せてくれた充宏さん。
もろみの表面。発酵中に小さな泡が無数に生まれてはじけていく。この状態を「もろみが呼吸する」と表現する。
3日おきにもろみをかきまぜ、桶全体の発酵具合が均等になるようにする。季節が進み寒くなるにつれ、かきまぜる頻度は減っていく。
「火入れ」のための桶。もろみからしぼった生揚げ醤油をここに入れて加熱し、微生物を取り除く。

〈池本醤油〉のもうひとつの挑戦が、2023年4月に販売開始した「しらずしらすにかけちゃうお醤油」だ。しらす丼のたれとして開発されたこの商品で、〈池本醬油〉は阪神圏の大学生、専門学生たちとコラボレーションしている。醤油そのものは〈池本醬油〉の手によるもの。そして、キャッチ―でポップな商品名とラベルは学生たち考案のデザインだ。

「『かけちゃう』という語彙は若者ならでは」と、充宏さんは学生のネーミングセンスに舌を巻いたという。

〈池本醤油〉と学生をつないだのは、「KOBE”にさんがろく”PROJECT/ギョ・ギョギョ・ギョギョ―ラボラトリーズ」。これは、神戸市が地元の農水産物の認知拡大のために立ちあげたプロジェクトだ。特産品の斬新なPR方法を編み出すために、神戸市が若者や企業、生産者さんたちを繋いで交流を支援していく。
その取り組みの一環で、神戸市は名物「夜明けのしらす」に合うたれの開発に乗り出した。「夜明けのしらす」とは朝日が昇る前に、神戸沖の漁場で獲れるしらすのこと。この時間帯のしらすはプランクトンを食べる前なので、身は半透明。ゆでると美しい白色になる。味も上品で、神戸市の夏を代表する海産物だ。
「神戸のプロジェクトだったので、市内唯一の蔵であるうちにお声がかかったんです」と充宏さんは商品開発を始めるまでの経緯を振り返った。

開発に際しての要望は「今までにないもの」。難しい注文だったが、「いいものができました」と納得の出来に。

しらす丼のたれといえば、しょうがや砂糖を醤油と混ぜて濃い味付けにするのが定番。しかし、〈池本醤油〉はあえて逆のアプローチでしらすそのものの味を感じてもらえるような醤油に仕上げた。「しらずしらすにかけちゃうお醤油」には少量の酢が含まれており、ほのかな酸味が香る。後味をすっきりさせて、お客さんが何回でも使いたくなるような工夫だった。
「開発過程の苦労を学生さんにはそのまま伝えました。どんなデザインに決めるかでものすごく悩んだそうですが、若者にも親しみやすいかわいい商品になってよかったです。醤油蔵の人間だけでは思いつかないビジュアルだったので、いいコラボになりました」。

〈池本醤油〉ショップにはギフト向け詰め合わせやハイランクな醤油も置いている。おすすめは甘口濃厚な「かけしょうゆ」。

もろみづくりにコラボ商品。充宏さんが挑戦に積極的な理由は「〈池本醤油〉の未来のため」だという。
「いつかこの会社を、次の世代へとバトンタッチする日が来ます。私の代で〈池本醤油〉に勢いをつけて、そのまま譲ってあげたい。そのためには会社の特徴をはっきりと打ち出すことが大事。もろみづくりではその第一歩を踏み出せました。また、『しらずしらすにかけちゃうお醤油』もうちの蔵に新鮮さを吹き込んでくれました。これからも昔ながらの製法を大切にしつつ、時代にもしっかりついていきたいですね」。

醤油づくりなどの伝統産業は、基本的な手法、価値観を守りながら、時代とともにお客さんが望む形へと変化していくことが存続、発展のポイントになる。同じ原材料で同じ環境に置いても、桶ごとに熟成しながら個性を発揮していくもろみは、その象徴のようだ。〈池本醤油〉の醤油づくりには、伝統を守るためにこだわる作り手の強い意志と、時代へ対応するための柔軟さとたくましさ、その両方が息づいていた。

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