みちする

ひと:
移住者と地元の想い
助け合いの「循環」

2023.08.31

村の人たちの手づくりでできた建物に、
丁寧に育てられた農産物の数々。
〈ちはやあかさか〉には隅々まで思いやりの心が宿っている。
この駅にはどんな人たちが関わっているのだろう?
移住者である駅長と、ここで生まれ育った農家さんの話を聞いてみた。

笑顔と柔らかい声がとても親しみやすい。〈ちはやあかさか〉の店長、中江勇太さんは大阪市内から千早赤阪村に移住してきたIターン組だ。庭のテーブル席で、マグカップ片手にノートパソコンを広げる姿はすっかり村の人。中江店長はいつ千早赤坂村に引っ越してきたのだろう?
「3年前、長男が小学校に上がるときに家族で引っ越してきました。妻は地方の出身だったので、人が多い場所にストレスを感じていたようです。夫婦で話し合い、いろいろ調べて千早赤阪村に決めました。幸い村での仕事も見つかりましたし」。

道の駅の近くに住む中江店長は「満員電車に乗らず自転車で職場に通えるのもうれしい」という。

千早赤阪村に移ってきて、よかったことは何でしょう。
「まず、広い一軒家に住めたこと。これまでのマンション暮らしでは近所迷惑になるので、子供が家の中で走るたびに注意していました。今ではその心配がありません。子供たちがずっと走り回っています(笑)。村の野菜も驚きでした。道の駅にもたくさん置いていますけど、この村は農家さんが多いから朝採れ野菜に困らないんです。新鮮な野菜って味はいいし、日持ちもするし、いいことだらけ」。

「野菜が特に好きではなかった僕でも村の野菜はおいしい」と駅長は語ってくれた。

中江家には地方の生活が肌に合ったよう。そして2022年10月から中江店長は、前任者から引き継ぐ形で道の駅の責任者に任命された。生産者や買い物客が集まってくる〈ちはやあかさか〉で、中江店長は村の新しい魅力を実感した。
「僕は『循環型の道の駅』と呼んでいるんですけど。古いものをもっと生かそうとか、自然にやさしくしようとか、そういう思いを住人のみなさんで共有できているのは千早赤阪村のスゴいところだと気づきました。道の駅では、それがはっきり見えてくるんです」。

ショップの壁にも「循環型の道の駅」というフレーズが掲げられている。

中江店長が「循環型」という言葉を意識するようになった大きな出来事は、〈道の駅 ちはやあかさか〉の改装だった。アスファルトで舗装されていた庭を土に戻して植樹する計画が立ち上がったとき、村の人たちが自主的に協力してくれたのだという。
「思い返しても大変な仕事でした。アスファルトをハンマーで砕いて、木がしっかり育つように土づくりをして…。専門家に聞きながら、落ち葉や小枝で土の層を作っていくんですよ。その一連の作業をいつも村のボランティアさんが支えてくれました。『村に緑が増えるのはいいことだから』って」。

樫の木の周りを囲む木製ベンチもボランティアの人の手によるもの。

こうして数カ月に及んだ計画の末、小さな樫の木が道の駅の広場に加わった。
「作業の終盤で雨が降ったんですが、そんなときもみんなで一丸になって木を植えました。うちは決してお金がある道の駅じゃありません。でも、僕たちの『自然と共存しながら村を盛り上げたい』という気持ちに共感してもらえて、人が集まってきています。とてもやりがいがあるし、幸せな仕事だと思えますね」。
中江店長はそう言って目を細めた。

道の駅のワークショップでつくられた舟も庭に展示されている。

スタッフだけではなく、村の人にとっても〈ちはやあかさか〉はかけがえのない場所になっている。直売所にみかんやじゃがいもを出荷している高塚順子さんは、道の駅に来るようになってから「大きく変われた」と語った。
「今、畑仕事が楽しいんですよ。私は千早赤阪村の農家の生まれで、小さい頃から畑仕事は『無理やりやらされるもの』だったんです。大人になっても『田んぼとみかん畑を受け継いだからやらなくちゃ』という義務感だけでした。でも、5、6年前から道の駅に出荷するようになって、どんどん気持ちが明るくなっていきました」。

「両親に怒られながらやっていた畑仕事が今では楽しい」と高塚さん。

いったい、道の駅でどんな出合いがあったのですか?
「まこもだけが縁をつないでくれました」。
まこもだけとはイネ科の多年草。シャキシャキした歯応えと甘みが人気で、天ぷらや炒め物にすると絶品だ。高塚さんはご近所さんの影響で、自身でもまこもだけ栽培にチャレンジするようになった。そのとき、さまざまなアドバイスをくれたのが当時の〈ちはやあかさか〉店長だったのだという。
「店長と仲良くなってから、道の駅でほかの農家さんともまこもだけの情報交換をするようになったんです。『葉っぱもお茶になるよ』とか『出雲大社のしめ縄もまこもだけの葉なんだよ』とか、知らなかったことをどんどん教えてもらえて。それが楽しいというか、嬉しいというか…。あ、『刺激』ですね!道の駅で人生に刺激を受けたんです」。

〈ちはやあかさか〉が好きになった高塚さんはその後も、積極的に道の駅で人に関わっていく。まこもだけ栽培を始めた実業家との交流、ミツバチの巣箱づくりワークショップへの参加、広場でみかんジュースの屋台出店…。いずれも高塚さんにとって新鮮な体験ばかりだ。

庭の屋台でお客様と交流するのが高塚さんの楽しみになった。

「家と畑を往復するだけの毎日ならこんなにたくさんの人に会うことなんてありませんでした。道の駅に出荷するようになって広がったんです。今の中江店長もよくしてくれてますし、ずっとここが続いてほしいですね」。

高塚さんのつくるじゃがいもの一種「デストロイヤー」は直売所で人気。

まこもだけをきっかけにして、道の駅で踏み出した高塚さんの一歩は広い世界につながっていた。現在の高塚さんは畑仕事と並行して養蜂にも挑戦中。「蜂蜜の出荷ってどんな許可が要るのかな?」と中江店長に聞いていた高塚さん。彼女の蜂蜜が道の駅に並ぶ日は近いかもしれない。

高塚さんは「野菜や料理をお客様に褒めてもらえて、どんどんやる気につながる」と言う。

中江店長のような移住組は地元民に支えられながら〈ちはやあかさか〉で自然と共に暮らす喜びを感じている。一方で、高塚さんたち地元の人たちは中江さんたちが新しく築いた〈ちはやあかさか〉から日常に刺激をもらっている。「循環型の道の駅」から生まれた助け合いの精神が、樫の木のように大きく強くずっと育っていくことを願ってやまない。

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