ひと:
ありのままの味で
味工房ゆめ明日香
2023.09.04
奈良県明日香村の道の駅やおみやげ処で見かける、佃煮やジャム、クッキーなどの無添加食品。これらは地元の工房〈有限会社ゆめ明日香〉が手がけてきたものだ。〈ゆめ明日香〉を立ちあげたのは、明日香村在住の主婦4人だという。彼女たちが日々奮闘する工房で、お菓子づくりの様子を特別に見学できることとなった。
近鉄吉野線〈飛鳥駅〉から車で5分、自転車で10分ほどの場所に〈ゆめ明日香〉の工房はある。その道中は田園に囲まれ、ゆるやかなアップダウンを繰り返すサイクリングコース。歴史遺産を守るための「古都法」や「明日香法」が施行されている明日香村では、1980年ごろからほとんど景観が変わっていないとか。そんな昭和の風情を感じながら、日本最大級の方墳〈石舞台古墳〉へと続く坂道を上っていく途中で〈味工房ゆめ明日香〉の看板発見。もともとは幼稚園だったという木造の建物の中で〈ゆめ明日香〉は数々の食品を生み出してきた。
〈ゆめ明日香〉の創業は2006年の2月。農産物による特産品を企画していた一般財団法人〈あすか夢耕社〉が、村の食品加工グループに協力を求めたことがきっかけだ。この呼びかけに、別々のグループに属していた、藤本文江さん、石田和枝さん、黒田妙子さん、上田幸子さんが応えて有限会社を結成。代表取締役には藤本さんが就任した。こうして、お菓子や惣菜、味噌づくりで村おこしを目指す〈ゆめ明日香〉が誕生した。
今年で18年目になる〈ゆめ明日香〉の工房をのぞくと、藤本さんが「すぐできるから最初から最後まで見ていってくださいね」と声をかけてくださった。この日つくられていたのは古代米を使ったクッキー「咲く咲くライス」。長年作業を共にしてきた〈ゆめ明日香〉のみなさんのチームワークで、あれよあれよという間に生地ができオーブンに入れられていく。いつのまにか工房には焼けた米のこうばしい香りが漂い始めた。以下、「咲く咲くライス」ができるまでの流れを紹介。
余計な工程がとことん省かれた、「咲く咲くライス」のつくり方。保存料も着色料も使われておらず、古代米そのもののおいしさを味わえるクッキーになっている。一方で、クッキーにかける手間のひとつひとつはとても繊細。ちょうどいい焼き加減を見極めるため、藤本さんたちは何度もオーブンの中をチェックする。生地のカットも、まな板に書かれた線に沿って慎重に行われていく。どうしてここまでこだわるのだろう?藤本さんが答えてくれた。
「明日香村のお米や野菜、果物のありのままの良さを知ってほしいんです。うちでは村の農産物ありきでメニューを考えます。たとえば『咲く咲くライス』なら、古代米をお菓子にできないかと工夫しました。ジャムや佃煮を多くつくっているのも、いちごやみかん、しょうが、たけのこがたくさん採れる村だからです」。
〈ゆめ明日香〉を始める前から料理が趣味だったという藤本さん。趣味を仕事にするにあたり、不安はなかったのだろうか?
「もちろんありましたよ(笑)。ちゃんと利益は出るのかな、家族は協力してくれるのかなって。でも、自分たちで言い出したことを辞めたくないという思いでどうにか17年間続けてきました。幸い、家族の理解も得られたので毎日工房に通えています」。
数ある〈ゆめ明日香〉の商品の中でも、藤本さんの思い入れが特に強いのは2つ。
「ひとつは村で育てられているいちご『あすかルビー』やはっさくを使った『明日香の素材まるごとジャム』。すごく好評でつくりがいを感じています。もうひとつは『明日香村のしょうがの佃煮』。道の駅での反響が大きくて驚きました。しょうがを佃煮にしようと思いついたとき、参考にできるような商品もなかったからレシピを自分たちで考えたんです。そういう努力が報われたのはすごく嬉しかったですね」。
藤本さんは「私たちは大手メーカーさんとは違いますから」と繰り返していた。〈ゆめ明日香〉には大手のような大量生産のための設備もなければ、巨額な宣伝費もない。そのかわり、新しいレシピを考案してすぐ商品化できる柔軟さがある。目の前のおかずやお菓子のひとつひとつに、じっくりと向き合える時間もある。明日香村の歴史的建造物や遺跡がいつの時代も人の心を打つように、ありのままにこだわった〈ゆめ明日香〉の食品もまた、普遍的な魅力にあふれているのだと思った。