「山田錦」のおいしさをそのまま伝えたい―多可町〈農園若づる〉の「すぐ、おかいさん」
2024.06.27 PERSON
兵庫県で生まれた食品の中から、「摂津」「播磨」「但馬」「丹波」「淡路」の各地域の特色を強く PR しているものに贈られる「五つ星ひょうご」。(※1)令和 6 年度には、播磨地域の「五つ星ひょうご」のひとつに、多可町〈農園若づる〉のアルファ化米粉(※2)「すぐ、おかいさん」が選ばれた。
(※1)兵庫県の物産を宣伝している〈公益社団法人兵庫県物産協会〉が主催しているブランド。毎年、選定委員によって認定されている。
(※2)でん粉が糊状になること。この場合は、お米を一度炊いていることを指す。
これは多可町産の米「山田錦」を炊いてから米粉にしたもの。食べるときはお湯を混ぜるだけで、口当たりがやわらかなおかゆになる。
「すぐ、おかいさん」は介護食や防災食、離乳食にぴったり。有機栽培で育てられた「山田錦」特有のすっきりした味わいも評判だ。
「すぐ、おかいさん」を開発したのは〈農園若づる〉を切り盛りする辻朋子さん。辻さんは京都出身で、多可町に移住して就農した I ターン者だ。辻さんに多可町にやって来るまでの経緯をうかがった。
「私の実家はもともと、京都で造り酒屋をしていました。酒蔵を相続したことをきっかけに、酒米にもっとこだわろうと思ったんです。だから、『山田錦』発祥の地・多可町で有機栽培の『山田錦』を自分で育てようと決めました」。
辻さんが言う通り、多可町は「山田錦発祥の地」と呼ばれてきた。1877 年ごろ、東安田村(現在は多可町の一部)で「山田錦」の母方である「山田穂」の稲穂が発見されたからだ。現在、「山田錦」は日本の酒米で最大の生産量を誇る。そして、その半数以上は兵庫県内で育てられている。
酒米の栽培のために夫妻で多可町で暮らし始めた辻さん。しかし、ほどなくして新型コロナウイルスの感染が拡大し、その影響で実家の酒屋を閉鎖することになってしまう。
「当時は落ち込みましたが、移住してまでせっかく育てたお米をあきらめたくありません
でした。お酒じゃなくても何らかの食品にできないか必死で考えました」。
辻さんはまず「山田錦」の米粉を作り始めた。世の中でグルテンフリー食品の需要が高まっていたこともあり、〈農園若づる〉から米粉が発売されると地元の人たちから喜ばれた。
「作ってみて驚いたのですが、『山田錦』は米粉に向いているんです。お米本来の甘さを感じやすい。また、製粉すると非常に細かい微粉末になって、お菓子作りにとても適しています。たとえば、『山田錦』の米粉でつくるガレットやバウムクーヘンなどの洋菓子は、軽やかでしっとりした食感になるんですよ」。
辻さんが米粉作りに励むようになった頃に、大きな転機が訪れた。辻さんがお世話になっていたベテラン農家さんが倒れてしまったのだ。ここで辻さんは改めて、食に関わることの意味を深く考えるようになった。
「地元のみんなから尊敬されていた、立派な農家さんでした。そんな方が口にする介護食は、おいしいお米であってほしいと思いました。そして、できることなら慣れ親しんだ地元のお米を食べてほしかった。そう思って、『すぐ、おかいさん』を考えたんです」。
食品の方向性について、辻さんは言語聴覚士(※)さんにアドバイスを求めたという。「言語聴覚士さんから『現在の介護の現場では食べやすいうえにおいしい食事が求められている』と聞きました。私も養護学校で働いていたことがあるので、おいしい食事が生きる力になるのはすごくよく分かります。自分が提供できるものがきっと役に立てる、と考えました」。
(※)言語、聴覚、認知、発達などに関連する障害について、訓練、指導、支援を行う専門職。
『すぐ、おかいさん』を本気で作るために、辻さんは農林水産省後援の『農業女子アワード2022』にアイデアを応募した。ここでベストウーマン賞最優秀賞を受賞し、賞金を獲得。そして「すぐ、おかいさん」は商品化に至る。今では、〈道の駅 山田錦発祥のまち・多可〉など、多可町の直売所を中心に販売されているほか、すでに介護現場の食事にも提供されており好評を博している。また、今年 1 月に起こった能登半島地震に際して、救援物資として被災地に提供もされた。
〈農園若づる〉では、これからも地元の酒米や自家製の有機米を使った食品を開発していくそう。今年中には米麹作りもスタートさせる予定とのこと。今、辻さんは杜氏さんに教わって、発酵の技術を学んでいるところだ。お米本来のおいしさにこだわる〈農園若づる〉から、今後も目が離せない。
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