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猛暑の夏を越えて 丹波が迎えた黒枝豆の秋

2023.10.27 FOOD

兵庫県丹波市には中央分水界を標高95メートル以内で通り抜けられる地形「氷上回廊」がある。そのため、ここは古代から生き物が住みやすく、農業に適したエリアだとされてきた。そんな氷上回廊を代表する大地の恵みが黒枝豆だ。
丹波地方の特産品、黒豆を完熟前に収穫した黒枝豆は、一般的な枝豆より大きく味にもコクがある。全国的にも人気のある農産物だが、黒枝豆は昼夜の温暖差と良質な土壌がなければおいしく育たない。自然に囲まれた盆地である丹波市は黒枝豆の栽培条件を完璧に満たしており、「黒枝豆は丹波地方のものが一番」と称えられてきた。例年、10月初旬になると、丹波市のあちこちで黒枝豆の出荷が解禁となる。猛暑による影響が心配される中、今年の丹波は、どのように黒枝豆の季節を迎えたのだろうか。

10月5日、春日インターチェンジを下りてすぐの場所にある〈道の駅 丹波おばあちゃんの里〉では、黒枝豆の販売が、本格的に開始となった。ここでは夏から早生品の販売を行ってきており、旬の黒枝豆への注目と期待がこの季節になり一気に高まる。10月7~9日の3連休には、待望の黒枝豆を求めるお客さんが殺到。最高で300人が開業前の農産物直売所〈物産館〉入口で長蛇の列をつくった。

10月は平日でも開業前の〈物産館〉入口に列ができる。
開店直後の〈物産館〉の様子。見る見るうちに売り場の黒枝豆がなくなっていく。

「今はうちだけでなく、丹波市全体が一番賑やかな時期です」。
そう教えてくれたのは、〈丹波おばあちゃんの里〉の経営管理室・室長、早形敏樹(はやかたとしき)さんだ。
「10月後半までの約3週間、黒枝豆が入荷されている間は毎日たくさんのお客さんに来ていただけます。おかげさまで忙しくさせていただいております」。

一方で、気がかりな情報も報道されている。今夏の猛暑で昼夜の温度差が狭まってしまったため、丹波市では黒枝豆が不作になっているというのだ。現場の実感を聞きに、黒枝豆の農家さんを訪ねた。〈丹波おばあちゃんの里〉の近くで、〈丹波わっしょい農園〉を経営している中川清二さんに今年の黒枝豆事情をうかがった。

名古屋市から丹波市に移住してきた中川さん。住もうと思った決め手は「山の風景がすっと心になじんだから」だそう。

「やっぱりニュースになっていたんですね(笑)。悩んでいるのはうちだけかと思っていました」と中川さんは笑った。
バンドマンや酒蔵勤務などを経て、中川さんが丹波市で就農したのは3年前。それ以来、地元のベテラン農家さんに師事しながら、中川さんは無農薬、有機栽培による米・野菜づくりに年々手ごたえを感じてきた。〈丹波わっしょい農園〉で育てられたふっくらして甘い黒枝豆にも多くのファンがついている。そんな中川さん、2023年の秋は厳しい毎日だという。
「夏の炎天下のせいで、虫が大量発生しているんです。それにたくさんの豆が食べられてしまっています。もともとうちの農園は選定基準を細かく設けていて、良質な豆だけをお客さんにお届けしてきました。その厳しい基準もあり、かなりの量の豆をあきらめざるをえなくなっていますね」。

畑で収穫した枝を「脱さや機」にかけ、黒枝豆のさやだけを取り除いていく。
中川さんがもっとも手間をかけるという選定作業。味もサイズもいい豆だけが選ばれ、直売所に出荷される。
〈丹波おばあちゃんの里〉に出荷されている中川さんの黒枝豆。

理想的とは言えない状況下での黒枝豆づくり。中川さんに対策はあるのだろうか。
「正直、天気のことはどうにもできないから受け入れています。そのうえで、これからどうするかを前向きに考えていますね。たとえば、二等品(規格外の農作物のこと)の割合が多いなら、絶対量を増やせばいい。今年から黒枝豆の畑を広くしているんです。ただ、そうなると選定作業もたいへんになるので、スタッフを増やすなどしてバランスを調整しているところです。また、農園内に食品加工の設備を導入することも検討しています。そうすれば、二等品をお菓子などにできるから廃棄量は減るはずです」。

厳しい現状に対しても、課題を見据えて、中川さんの声は明るく力強い。それは、丹波市で叶えたい大きな夢があるからだ。
「この町の自然をたくさんの人に好きになってもらいたいんです。村全体で放牧したり、観光農園やキャンプ場をもっと増やしたりして、外から来てくださる人を増やしたい。そのためには、自分たちが農作物を無駄にしていてはいけませんよね。見た目が悪くても味はおいしいのだから、捨ててしまうのは丹波の自然に申し訳ありません。地元の名産品を大切にする活動を続けていけば、賛同者が増えるかもしれない。そうやって仲間が集まったときに大がかりな地域おこしへとつなげられたらうれしいですね」。

尊敬する忌野清志郎の曲が流れる農園はポジティブな雰囲気。ここで中川さんはスタッフのみなさんと農作業に打ち込んでいる。

こうした生産者さんの思いと〈丹波おばあちゃんの里〉の方針は重なる。〈丹波おばあちゃんの里〉の早形さんは炎天下の影響について、「痛手がないわけではありません」と前置きしながらもこう語った。
「〈丹波おばあちゃんの里〉では地元農家さんに呼びかけて、黒枝豆の収穫量を増やすための取り組みを続けてきました。毎年収穫量が増えているから、不測の事態が起きても影響を最小限に留められています。また、二等品を無駄にしないためにも、加工食品の企画開発を継続的に取り組んでいくつもりです」。

早形さんは「道の駅で丹波の農家さんの力になる」という目標を掲げている。

猛暑による弊害が社会全体を覆った2023年の夏、丹波地方の農業も例外ではなかった。しかし、道の駅をはじめとした販売をを担う人々、そして中川さんたち生産者は、心折れることなく問題に向き合い改善の努力を続けている。丹波は旧石器時代から氷上回廊に人々が集まり、生活してきた地域。黒枝豆という特産品を通して、この場所で受け継がれてきたものづくりにおける柔軟なアイデアや、相互の助け合い、逆境をはねのける屈強な精神が、しっかり息づいていることが取材を通して感じることができた。

黒枝豆のまめちしき

〈丹波おばあちゃんの里〉や農家さんから、売り場で黒枝豆を選ぶときのポイントを教えてもらった。

①丸々として、大きな実を選ぶ。

よく育った豆ほどうまみも豊富。さやに入っていても分かるほど、大きな実を探そう。

②さやに黒く細かい毛があるものを選ぶ。

熟成を始めた黒枝豆は、さやの細かい毛も黒くなってくるそう。

③さやが黒く変色している豆を選ぶ。

黒いさやは敬遠されがちだが、黒枝豆では熟している証拠。

10月末から11月初旬ほどの短期間のみ、丹波市では①~③すべての条件が整った完熟直前の黒枝豆が収穫されるようになるという。それは今まで地元の人たちだけが知っていた美味だが、〈丹波おばあちゃんの里〉では特別に入荷する予定。秋の終わりにはぜひ、丹波の味覚を手に入れにいこう。

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