ひと:
切り身は奥が深い!
愛を込めて魚さばき
2023.09.15
道の駅の〈枯木灘鮮魚商会〉に並ぶ魚は、その日の漁任せ。
どんな魚が漁港で水揚げされたのか、
開店直前に届くまで分からない。
そんな場所で働いている平尾陸さん。
彼の仕事は、新鮮な魚を最高の形に調理すること。
そして、お客様が来るまでに素早くさばくこと。
大忙しの厨房で平尾さんは包丁一本、技術を磨き続ける。
すさみ町出身、26歳の平尾さん(2023年3月時点)が〈枯木灘鮮魚商会〉に就職したのは約3年前。道の駅の魚屋で働こうと思ったのはなぜですか?
「やっぱり、ここの魚が好きだったからですね。すさみ町には漁港があるので、誰もが小さいころから魚に触れているんです。僕も趣味で魚釣りをしていたら、近所の漁師さんにさばき方を教わるようになりました。いろいろ聞いているうちに、『もっと魚と深く関わりたいな』と思い始め、今の仕事につながっていきました」。
道の駅に勤め始めて、平尾さんは魚の調理を任されるように。早朝、〈枯木灘鮮魚商会〉に魚が入荷されてきたら、すぐに包丁を入れていく。
「大漁の日はもうてんやわんやです。急がないと全部の魚をさばききれません。でも、次の日にまわしてしまえば鮮度はガクンと落ちてしまいます。正直、体力的にはつらいですよ(笑)。でも、やりがいも感じながら働けていますね」。
平尾さんの「やりがい」は、魚のことをずっと考えていられること。調理のほかにも、漁師と交渉して魚を値決めするのも平尾さんの役目。毎朝吟味しているうちに、お客様が求める旬のおいしい魚を見極める目も養われた。大活躍の平尾さんが、道の駅で楽しみにしている時間とは?
「お客様と話す時間はとても楽しいです。僕は魚が好きでこの仕事に就いたので、誰かと魚の話をしたいんですよ(笑)。釣りで来られた方と盛りあがったり、おかずを探している方から『煮付けにできる魚はある?』って聞いてもらえたり」。
笑顔で話す平尾さん。今の仕事はまさに天職だ。ただ、楽しむだけではない。鮮魚店をもっと盛りあげていくための課題もしっかりと見据えている。
「若いお客様が少ないのはずっと気になっています。ご年配の観光客やファミリー層はよく来てくれるんですが、10代、20代の姿はあまり見かけません。こんな現状に、『魚の魅力を自分たちがちゃんと発信できていないのかな』と不安になることもあります。もしかすると、若い人にはこの店が地味に見えているのかもしれませんね。高級魚や大きな魚ばかりあるわけじゃないですから。魚がたくさんいる生簀も店の外だから見過ごしやすいですし。店に入っても、魚のパックをちらっと見ただけで帰っていくお客さんが多いんですよ。
それでも平尾さんは、さまざまな魚料理に合わせた切り身を置く店だということが、きっと伝わるはずだと信じている。
「切り身や刺身にはそれぞれの良さがあります。焼き魚とか鍋とか、『こんな料理に使ってほしい』という店側の願いがこもっているんです。お客様に見方を変えてもらえれば、魚屋の奥深さに気づいてもらえるはず。そうなるよう僕らがもっと工夫していきたいですね。新しいレシピで魚料理を作って店頭販売するとか」。
自分の仕事について語るとき、平尾さんの言葉に熱がこもった。彼にとって厨房に立つ時間はかけがえのないものなのだと伝わってくる。仕事に誇りを持つ平尾さんは包丁を動かすふとした瞬間に、自身の変化に気づけるという。
「昔よりも魚を素早くさばけたり、切り身の形がきれいだったりすると、『自分は成長できているんだ』と思えます。そんな魚をお客さんに出せると、満たされた気持ちになりますね。まだまだ修行中ですが、お客さんに『おいしそう』と言ってもらうたび、『よし、もっと頑張ろう』と励まされます」。
平尾さんの言葉に触れ、どんな食材にも扱う人たちの真心がこめられているのだと再確認できた。漁港のそばの〈すさみ〉には活きのいい魚が届けられるからこそ、店側も鮮度を落とさないための努力をしている。〈枯木灘鮮魚商会〉では一分一秒が真剣勝負。そこにあった、海のように深い魚への愛と砂浜のように熱い仕事への志し。道の駅で目を凝らせば我々が見過ごしがちな、食を支えてくれている人たちの尊さが見えてくる。