みちする

ひと:
優しさを絶やさずに
出会いの体験学習室

2023.03.31

道の駅みつでは、さまざまな年代の人々が行き交い、
和やかな日常を織り成している。
働く人たちとの会話の中で、その時間に少しだけ触れられた。

鮮魚コーナーの吉井恵子さんは、10年以上も道の駅みつで働くベテラン。吉井さん、どうして道の駅で働こうと思われたのですか?
「知り合いが声をかけてくれたんです。介護関係の仕事を定年退職して半年が経ち、『そろそろパートでもしたいな』と思っていた頃だったので、興味を持ちました」

吉井さんに任された主な仕事は接客と品出し。特に、接客は大きなやりがいを感じられる時間だという。ただ、最初は苦労もあったそうで。
「私は海のない土地で生まれ育ったので、魚の知識が全然なかったんですよ。でも、道の駅の社員さんはみんないい人で、私を支えてくれました。私も仕事を頑張りたくて、一生懸命、魚のことを覚えたんです。お話していたお客さんが魚を買ってくれるようになると、どんどん仕事が楽しくなっていきました」。

困ったことがあると気軽に社員さんに相談できるという吉井さん。「毎日が楽しいです」と笑顔に。

吉井さんは「周りがフォローしてくれる」と謙遜するが、道の駅みつを運営する「清交倶楽部」の松田清宏さんは「頼れる存在」と彼女に信頼を寄せる。このように、松田さんたち社員が働きやすい雰囲気を作ることで、パートのみなさんものびのび成長していける。松田さんは「パート従業員さんの立場を考えた接し方」の大切さを教えてくれた。

「うちのパートさんは女性が圧倒的に多く、小中学生のお母さん、子育てが終わった方、定年退職を迎えた方に年齢層が分かれています。それぞれの層に合った働き方をサポートしているつもりです。たとえば、もっとも時間を確保しづらい育児中の方を、みんなでカバーしあう習慣が自然に生まれました」。

「僕たち社員やパート仲間はお互いをカバーして働いています」と松田さん。

取材の合間にも、和やかに言葉を交わしていた吉井さんと松田さん。道の駅みつに漂う、温かい空気感は、働くみなさんの人柄を映しているのかもしれない。そんな思いをますます強めたのは、地下1階の「体験学習室」に足を踏み入れたときだった。

そこでは女性陣がテーブルを囲み、親しげに談笑されていた。ホワイトボードには、珍しくておいしそうな、献立らしきものが書かれている。取材日にはここで「漁師料理体験」が開催されていたらしい。授業を終えて団欒していた先生たちは道の駅の近くに住む、室津漁協女性部のみなさん。実は地元漁師の奥様方であり、日々の食卓で実際に出しているメニューを生徒に教えているのだという。

室津漁協女性部のみなさんはとても仲良し。教室にはずっと、彼女たちの笑い声が響いていた。
たつの市の漁師料理「カキフライの巻き寿司」。室津港の家庭の味を料理教室では学べる。

「この学習室ができて、最初に企画したのも漁師料理の教室だったんです」

そう振り返るのは、室本良子さん。彼女はたつの市産業部観光振興課の所属で、体験学習室の運営者。ここは2010年に「みつ」の始まりと同時に設置され、すぐに室本さんが配属された。彼女はそれ以来ずっと、学習室で道の駅の歩みを見守り続けてきた。料理教室の関係で、売り場を利用することも多いそう。

「食材はたっぷり道の駅に売っているので、買ってきて教室で使っています。そば打ちとか、パン作り教室も開いてきました。最初は何も分からない状態だったので、先生を見つけるところから始めて。基本的には、私がやりたいことばかりなんですけど(笑)」と、室本さんは学習室で試行錯誤していた時代を振り返る。

「私の仕事は新しい楽しみを見つけること」と語る室本さんは、地元民の間で有名人。

料理教室だけに限らず、学習室ではヨガ教室や婚活パーティーも開いてきたとか。室本さんたちが学習室で地元に尽くしてきた頑張りは、教育委員会から表彰されたことも。

室本さんたちに贈られた表彰状。地域貢献を称えるため、教育委員会が特別に用意したもの。

学習室を拠点にして、室本さんたちが大切に育ててきたイベントがある。たつの市の小学生が参加できる「海メンバー」という月ごとの行事。これまで、小学生15人からなる「海メンバー」が地引網やタコの干物作り、料理教室や芋掘りなどで交流を深めてきた。海や山で子供たち自らが採った新鮮な食材を味わえる時間は、忘れられない思い出になるだろう。室本さんの企画力もさることながら、四季折々の楽しみがあるたつの市の豊かな環境にも驚かされる。

こうして「海メンバー」の子供たちはさまざまな地元の催しを体験していく。そばで見守る室本さんは「包丁も持てなかった子が、1年間で料理をできるようになるんです。そうやって、子供たちの成長に立ち合えるのって、すごくうれしい仕事だなって思います」と、学習室運営のやりがいを噛み締めている。こうして1年後には卒業メンバーと新しい仲間が入れ替わり、学習室の心躍る日常は途切れることなく続いていく。

壁一面に貼られた「海メンバー」の記念写真。ほぼすべてに写っている室本さんにとって、どれも忘れられない瞬間。
「いつでもイベントが予定されているので、気軽に学習室に電話してみてください」と室本さんは呼びかけてくれた。

「みつ」の毎日は当たり前のように過ぎていくようで、多くの人々に支えられてきた。松田さんもまた、「長い歴史の積み重ねがあって、僕らは道の駅を運営できています」と認識する。
「立ち上げ当初、ゼロからは何もできませんでした。室津港も成山新田もあるこの土地はすごく恵まれています。だから僕らも、歴史に連なって地元を盛り上げたい」。

そう語る松田さんが構想しているのは「助成苗事業」という形での生産者支援。新しい作物に挑戦しようとしている生産者に、道の駅からサポートをする考えがあるそう。苗を用意し、生産者に提供して、収穫物を増やしていく。生産者は経済的に助かり、道の駅の売り場も充実する。まさに共存共栄。

道の駅で働く人々の話を聞き、連想せずにいられなかったのは成山新田の功労者、成山徳三郎氏のこと。彼が大正時代、本格的に御津町の苅屋を干拓し始めた頃は、鋤や桑などの古い道具を使うしかなかった。気が遠くなるほどの重労働を、徳三郎は少しずつ協力者を募りながら、見事にやり遂げた。徳三郎たちの献身の結果として、現在の御津には県内有数の肥沃な農地が広がっている。「成山新田」という地名は、そんな徳三郎の功績を残そうとしたもの。

徳三郎たちが干拓した場所で採れた野菜は今日も道の駅を彩っている。

道の駅みつでは「情けは人の為ならず」という古い諺の意味を、売り場で、体験学習室で、生産者との交流で、深く実感できた。地元の縁を繋ぐのは優しさのサイクル。それを絶やさない限り、「みつ」とたつの市には人が集まり、ますます愛される場所になっていくに違いない。

ページトップへ