みちする

牛肉の本質を追求 上田畜産の但馬牛

2023.11.10 FOOD

〈道の駅 但馬のまほろば〉の〈但馬牛精肉コーナー〉に、
ハイランクの牛肉を出荷している〈株式会社上田畜産〉。
ここで育てられている「但馬牛」は、上質な脂と風味濃厚な赤身で知られる。
しかも、〈上田畜産〉では「但馬牛」の繁殖、肥育、販売を
一貫して自社で行っているという。
「但馬牛」に関わる人たちの厳しくも奥深い世界を知りたくて、
〈上田畜産〉の現場を訪ねた。

美方郡香美町の山中、人里から離れた場所に〈上田畜産〉の牛舎はある。
「今は約1,300頭の牛がいます。毎年400頭の子牛が生まれ、3年かけて『但馬牛』と呼べる体つきに育てていきます」。
そう説明してくれたのは、上田伸也さん。18歳で畜産業界に飛び込み、30年以上も牛を育ててきた〈上田畜産〉の社長だ。

〈上田畜産〉の牛舎の中。すべての牛が「但馬牛」から生まれ、「但馬牛」になるために育てられている。
「但馬牛」のために上田さんは8人のスタッフさんたちと毎日、牛舎で働いている。

疾病から牛を守りながら、理想的な体型に近づけなければいけない畜産業は、繊細で難しい仕事。そんな業界の中でも、「『但馬牛』は育てるのが格別にたいへん」だと、上田さんはいう。
「兵庫県内で子牛を育てなくてはいけませんし、父牛の血統まで定められているんです。しかも、肉質まで審査される。ここまで厳しい目にさらされるのは、他の和牛ではありえないことです」。

上田さんが言うように、「但馬牛」を名乗るには、兵庫県の県有種雄牛の精子で歴代にわたり交配した牛でなくてはならない。さらに、繁殖から出荷までの工程を担えるのは、「神戸肉流通推進協議会」の登録会員のみ。兵庫県内で出生した、生後28カ月以上、60カ月以下の牛であることも必須。そして、出荷先も兵庫県内の食肉センターに限られる。選ばれた業者だけが育てられる選ばれたブランド牛、それが「但馬牛」だ。だからこそ、その肉は最高級のうまみととろけるような食感をそなえる。日本三大和牛のひとつ「神戸牛」の素牛としても、「但馬牛」は広く愛されてきた。

生まれたばかりの子牛が初めてお乳を飲む、貴重な瞬間に立ち会えた。

肥育のプロセスの中で、上田さんが「もっとも重要」だというのは餌の仕込みだ。〈上田畜産〉の餌ではとうもろこし、そば、ごまのしぼりかす、小麦、大豆などの穀物を混ぜていく。いずれもたんぱく質が豊富で、吸収後、体内でビタミンBやアミノ酸に変わるものばかり。何種類もの天然の穀物を仕入れ、自社で調合する作業はコストも労力もかかる。それでも、上田さんは「この餌があるからうちの牛は健康に育ってくれる」と語ってくれた。
「3歳ごろから牛の筋肉が非常に硬くなってきます。余計な脂肪がついていない、最上級の肉質ですよ」。
子牛を育てることも大切だが、母牛の体調管理にも餌は重要だ。〈上田畜産〉では母子ともに牛の体調、体型の管理を入念に行っている。母牛が栄養価の高い餌を食べて健康でいれば、胎内の子牛も健康で生まれてくる。

〈上田畜産〉では子牛の頃からこの餌だけを与え続ける。上田さんは「牛にいいものしか入っていないから他の餌は必要ない」と言う。

これほどまでに、上田さんが餌へのこだわりを持つのには理由がある。経営状況が右肩上がりだった2011年、〈上田畜産〉の牛舎で疾病が蔓延したのだ。次々に牛たちが弱っていく中で、奇跡的に少数の牛たちだけは健康体を維持していた。調べてみると、試験的に今までと違う餌を与えられていた牛だけが疾病を逃れられたのだった。それが今に引き継がれた餌だった。
改めて餌の重要性を確認した上田さん。そのときに一から畜産のなんたるかを学ぼうと、餌の調合方法を教えてくれた恩人に、あらためて師事したという。

「その人に、今までの自分のやり方をことごとく否定されました。正直、腹が立ちましたよ(笑)。でも2年ほど経って、餌を変えた子牛が育ってくると、周りが驚いてくれたんです。家族もスタッフも『この牛たちは今までと全然違うよ』って」。
美しい筋肉をつけた〈上田畜産〉の「但馬牛」は、畜産業界から一目置かれるようになる。大きな手ごたえをつかんだ上田さんは「この肉を追求していくんだ」と決意した。

牛舎の天井には換気用のファンがとりつけられ、空気がよどまないように徹底されている。
2歳前後で「但馬牛」にもうすぐなる牛。体つきが引き締まっており、硬い筋肉が隆起している。

「あの餌と巡り合い、師匠に怒られながら、僕は『但馬牛』の本質を知りました。目先のお金ではなく、おいしい肉をつくることに全力を尽くすのが、但馬牛に関わる者の使命だと思います。効率が悪いと思われても、〈上田畜産〉はおいしさを妥協しません。そこがうちの魅力だと思います」。

上田さんおすすめの「但馬牛」の食べ方は、赤身と脂身を一緒に味わうこと。「しつこくなくて、みなさん大変驚かれますよ。」
純粋に「おいしい肉とは何か」ということを考え抜き、上田さんは牛をいたわる今の育て方に辿り着いた。
「そこまでやるのかと驚かれるくらい手間をかける。それが但馬牛なんです」と上田さんは語った。

平安時代に書かれた「続日本書紀」にも名前が出てくる「但馬牛」()。その品質は、但馬地方で畜産に一生をかけた多くの人たちの努力によって高められてきた。1千年以上にもわたる歴史を背負っているからこそ、「但馬牛」に携わる人たちは自分にも他人にも厳しい。〈上田畜産〉が貫くその気高さが、比類ない味につながっているのだと思った。

(※)「出雲牛、農耕に適す、五島牛、農役に適す、但馬牛、耕転、轢用、食用に適す」との記述あり。

新着情報一覧にもどる

ページトップへ