みちする

ともに髙きを志す 但馬農高と道の駅

2023.11.20 PERSON

〈道の駅やぶ〉で見つけた、きれいなガーベラの花。
それは近隣にある〈兵庫県立但馬農業高等学校〉の授業の一環で、
生徒たちが育てたものだという。
草花のほか、野菜や果物も道の駅に出荷している〈但馬農高〉。
地元の学校と道の駅の関係を知りたくて、実際に現場を訪ねてみた。

養父市内で農業や畜産業を教えている〈但馬農高〉の校訓は「汗をいとわず 命を尊び 日々髙きを志す」。その言葉について、草花担当の板戸先生は笑いながらこう語った。
「ずいぶん暑苦しいですよね(笑)。でも、僕はこの校訓が大好きなんです。学生の頃からずっと、胸に刻んで生きてきました」。
実は、板戸先生も〈但馬農高〉の卒業生。自身が高校生活で学んだことを今度は生徒に伝える番だ。
「校訓の通り、この学校は汗をいとわない場所です。もちろん座学も大切ですが、実践の中で農業や畜産業に必要な知識を吸収してもらいたいんです」。

1976年開校の〈但馬農高〉では、県下全域からの通学を受け入れている。

〈但馬農高〉が実践的な農業のカリキュラムを展開できるのは、広大な敷地があるから。甲子園球場4個分相当の校内には、野菜畑やガラス温室、ビニルハウス、鶏舎に豚舎、牛舎などが設けられている。生徒たちは農業や食品加工を学ぶ「みのりと食」科と、動物の飼育や精肉を経験する「総合畜産」科に分かれて、授業の一環で自然と向き合い、学んでいる。

〈やぶ〉の玄関付近に〈但馬農高〉のコーナーが設けられていた。

〈但馬農高〉で栽培されている農作物、草花の中には「但農(たんのう)ブランド」という、学校の名のついたものがある。摘粒や剪定にこだわって栽培されている上質なぶどうは地元ではすでに有名だ。また、ガーベラやマリーゴールド、シクラメンなどの鉢植えにもファンがついている。

栽培された花や野菜、果物は校内で一般販売もされている。

より多くの人に「但農ブランド」の存在を知ってもらいたい。そんな思いから〈但馬農高〉は県内の道の駅に農産物の一部を出荷し始めた。なぜ道の駅を選んだのだろう?板戸先生に聞いてみた。
「道の駅は地域の特色が出る空間だからです。入った瞬間からその土地の雰囲気が分かりますよね。駅の商品や働く人を通して、但馬地方についての発見ができると思うんです。そこにうちの作物を置けば、〈但馬農高〉が何をやっている学校なのかたくさんのお客さんに伝わると考えました。そして道の駅のお客さんは、ラベルやポップを見れば、誰が野菜や果物を育てたのか確認できる。そうやって、生徒の達成感につなげてあげたい」。


板戸先生が生徒の達成感を大事にしているのは、「おいしい野菜やきれいな花を育て続けることは、たいへんな作業の連続だから」だという。
「たいへんなだけでは、モチベーションは上がらない。どうすれば、農作業に誇りを持てるようになってくれるだろうか、と考えました。その一つの解決策が、道の駅に作物を置かせてもらうことでした。訪れる人の目に触れ、評価してもらい、さらに改良していく。いつか生徒が大人になったとき、『たいへんだったけど、自分たちはいいものを作って人に喜んでもらったんだ』という自信になっていたのなら本望です。ずっと食に関わり続ける理由になるなら、もっとうれしいですね」。

板戸先生は「道の駅で自分の育てた野菜や花がどう売れるのか、生徒に見届けてほしい」と願う。

板戸先生たちが〈但馬農高〉で生徒に伝えてきた、食に携わる責任感とやりがい。それらは、〈道の駅 やぶ〉で、その後も育まれていた。〈やぶ〉には3人の〈但馬農高〉卒業生が働いている。女性駅長である林あけみさんも、そのうちのひとり。駅長に高校時代を振り返ってもらった。
「私が通っていた時代は現在と違うクラス編成で、『農業科』『畜産科』『生活科(現在は廃止)』の3クラスがありました。私は『生活科』で調理や被服などの勉強をしていました。生活科は専攻以外にも農業実習、畜産実習もしなくてはいけなかったのですごく忙しかったですね」。

〈但馬農高〉の卒業生、〈やぶ〉の林駅長。

〈但馬農高〉で料理やお菓子づくりの基礎を学んだ林さんは、卒業後、製菓の道へと進む。それからもずっと食に関わり続け、〈やぶ〉での仕事につながった。
「卒業から20年、〈但馬農高〉とはまったく接点がありませんでした。ここで働くようになり再び接点ができ、お世話になった先生にお会いできたときは戸惑いながらもうれしかったですね。今後も変わらず一緒にお仕事をしていきたいです。

在学中、林さんには忘れられない出来事があったという。
「調理実習でのことでした。小人数の班に分かれて実習していたとき、いつもニコニコされている優しい先生が声を荒げました。野菜の1品がゴミ箱に捨ててある、と。その班の全員が嫌いな野菜だったから入れたくないと決め、捨てたそうです。先生は『まだ食べられる物を捨てる必要はない。あなたたちも農業実習しているからこの野菜を育てるのがたいへんだとわかるでしょう?』とおっしゃいました。それを聞いてから、飲食や農業に関わる以上、どんな食品も大切に扱わなければいけないと真剣に思うようになりました」。

「〈但馬農高〉でお菓子づくりの楽しさを知った」という林さん。飲食が充実している〈やぶ〉は理想的な職場だ。

「そうそう、取引先の梨農園の方も〈但馬農高〉の卒業生なんですよ」林さんは〈但馬農高〉での教えを胸に、生産者へのリスペクトを忘れず、飲食の世界でスキルを磨いてきた。今、経験のすべてが〈やぶ〉で役立っている。彼女が歩んできたそんな道のりは「命を尊び 日々髙きを志す」という〈但馬農高〉の校訓と重なる。養父市の中で協力しながら食を盛りあげている〈但馬農高〉と〈道の駅やぶ〉そして、生産者さんとのつながり。それらのネットワークは、ゆっくりながらも着実な歩みで地元を支え、地域振興に関わる人材を育んでいるようだ。〈道の駅やぶ〉に咲く学生の育てたガーベラが、より美しく輝いて見えた。

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