ひと:
農家の力になり、町を支えたい 紀農人が切り開く、かつらぎ町の未来
2023.12.19
〈くしがきの里〉の指定管理団体である〈紀農人(きぐり)株式会社〉。
社長の西岡宏倫さんをはじめとする3人の共同出資者は、
いずれもかつらぎ町の農家さんだ。
西岡さんは道の駅の管理において、「地元への貢献」を常に心がけている。
西岡さんに〈紀農人〉の立ちあげの経緯や、
〈くしがきの里〉のこれからについて話を聞いた。
柿やみかんなどの果物があふれる〈物産販売施設〉で驚かされたのは、スタッフのみなさんの産物への造詣の深さだ。棚に並ぶ果物について、品種や収穫時期、おすすめの食べ方などを、どのスタッフさんも詳しくガイドしてくれる。きっとみなさん、かつらぎ町で昔から農業に関わってきたのだろう。ある女性パートさんにそう聞いたところ、「いえいえ、私は町の外からここに通っています。〈くしがきの里〉で働くまでは、果物のことなんて全然知りませんでした」と笑って答えてくださった。さらに、「私たちスタッフが果物に詳しいと言ってもらえるのは、社長のおかげですね」。と続けた。
西岡さんは自ら現場に立ち、スタッフさんに商品知識や接客を、文字通りの「OJT」、実地で、教えて、訓練しているのだという。かつらぎ町で果樹農園を営んできた西岡さんは、地元の果物の特徴を知り尽くしている。そんな彼は、スタッフさんにも自分と同等の知識や接客スキルを求めてきた。その「教育を徹底する理由」を聞いた。
「すべてのお客様に、納得して果物を買っていただきたいのです。この駅ではかつらぎ町で採れる、質の高い果物を置くことにこだわってきました。どんな風に優れていて、何が特別なのかをお客様には知ってほしい。果物の良さがしっかり伝わればリピーターが増えますし、口コミも広まります。そして、かつらぎ町の盛りあがりにつながると信じています」。
「かつらぎ町のために」。西岡さんは何度もそう口にした。彼の地元愛に火がついたのは、町の現状への危機感だった。
かつらぎ町で生まれ育ち、学生時代を経て、西岡さんは町の外の企業に就職する。それからしばらくして実家の果樹農園を継いだ。畑で汗を流す毎日のなかで、西岡さんは町の現状と、農業の問題を実感した。
「町に若者が全然いないんですよ。みんな、ある程度成長すると町を出てもう戻らないんです。だから労働力が足りず、町全体から元気がなくなっていく。実家を継いで町に戻ってみて働いていて、そんな大変な現状が見えてきました」。
その通り、かつらぎ町では過疎化が進んでいた。1975年に約2万4000人だったかつらぎ町の人口は、2015年には約1万7000人にまで減少。故郷の現状にショックを受けた西岡さんは、若者を呼び戻す方法を探し始めた。その過程で、地域企業や個人事業主を対象とした「担い手交流会」へと通うようになった。そして、この会で大切な仲間と出会う。〈紀農人〉で副社長になる楠本真人さんと、専務になる井上現(けん)さんだ。
「3人ともかつらぎ町で農業に携わっていて、世代が近かったんです。だから、同じ問題意識を持って交流会に通っていました。町の将来を話し合う中で、お互いを信頼しあうようになりました」。
〈くしがきの里〉が新たな指定管理会社を募集すると知ったのは、そんなタイミングだった。「直売所や飲食店で地場産品をアピールできる道の駅でなら、かつらぎ町発展の力になれるのではないか。」そう思った西岡さんは楠本さんと井上さんに声をかけ、〈紀農人〉を設立し、指定管理会社に名乗りを上げた。選考会で西岡さんは、会場に地元の果物を持ち込んでプレゼンテーションを行ったという。
「選考の担当者に果物を食べてもらいました。そして、『おいしいでしょう。でも、この果物がいくらで出荷されているかご存じですか?』とみなさんに問いかけたんです。『農家はこんなにいい果物をつくっているのに、安い値段で売るしかない。私たちはこの町の現状を変えたいんです』と本音で訴えかけました」。
西岡さんたちの熱意は認められ、2021年4月から〈紀農人〉は〈くしがきの里〉の指定管理会社を務めることになった。任命されてすぐ、〈紀農人〉は施設のリニューアルに着手した。その中でももっとも大きく変化したのは、〈くしがきの里〉で販売する果物や野菜の産地の選択肢だ。これまではさまざまな地域から青果を入荷していたが、〈紀農人〉はかつらぎ町と周辺エリアで採れるもの中心に切り替えた。
「かつらぎ町のために指定管理会社になったのだから、地元の農家さんたちの農作物を売るのは当然のことだと思いました。でも、『どうしてかつらぎ町にこだわるの?』と疑問に思うお客様もいますよね。かつらぎ町の果物が、他よりもおいしく、良いものだから食べてほしいんだ、と知ってもらう必要がありました」。
上質なかつらぎ町産の農作物を発信するために、西岡さんは〈くしがきの里〉で飲食店と直売所を連携させることにした。「口にしてくれたらきっと、かつらぎ町の良さが伝わる」との確信があったからだ。
こうして、〈KIGURI CAFE〉のパフェやアイスカップの食材に、直売所の果物が使われるようになった。柿やみかん、桃、ぶどうのおいしさに感動したお客さんは直売所に寄り、
たった今口にしたのと同じ果物を買っていってくれる。
〈KIGURI CAFE〉のビジュアルが若者の関心を引いたのも、うれしい驚きだった。DIYによるテーブルや椅子が並ぶ〈KIGURI CAFE〉のチャーミングな景観や、カラフルな果物スイーツがSNSで話題になったのだ。いまや〈KIGURI CAFE〉は若者層から「SNS映え」スポットとして認知されている。
順調に滑り出した、新生〈くしがきの里〉。西岡さんは、かつらぎ町の農家さんの「手間」が報われ始めたと喜ぶ。
「『ひと手間かける』がこの町の農家のモットーです。夏の暑い日も、冬の寒い日も畑で精一杯働く。その手間が果物の出来を良くするんです。かつらぎ町の農家みんなが同じ気持ちで頑張ってきました。頑張っている人はその分だけ報われてほしいんです」。
「これからの〈紀農人〉は、「〈くしがきの里〉があるから地元で頑張ってみよう」と若手生産者に思ってもらえるような場所づくりを目指していく」と西岡さんは言う。町の若返りという大きな目標のためにはどんな「手間」をも惜しまない西岡さんと生産者さんたち。かつらぎ町の未来を支える原動力は、かれらのまっすぐな地元愛だった。