ひと:
京丹後に集う自然と
食のマイスターたち
2023.05.30
道の駅というと特産品などに興味が行きがちだが、実は道の駅はIUターンや地域の才能溢れる人たちの宝庫。今回、この道の駅を案内いただいた一般財団法人 丹後王国食のみやこの参事を務める西原昭二郎さんも、そんなUターン系の植物のプロフェッショナル。3年前にこの道の駅にやってきた。
西原さんは、前職はなにをなさっておられたのですか?
「私は、京都府立植物園で日々植物と向き合う仕事をしていました。その経験を活かして、ここでは農林水産業の裾野を広げるという視点で体験教育に力を入れています。子どもたちに玉ねぎや京野菜の万願寺とうがらし、ブルーベリー収穫にさつまいも掘りなど季節ごとの収穫体験を提供したり、しいたけの原木への菌打ちやガーデニングの講習会をやっています。やはり“食のみやこ”ですから、食べることを核にした体験が多いですね」。
自然とふれあい育て、その恵みをおいしく食べる。この道の駅のすべてが食とそれを囲む世界を学ぶプロセスだが、〈丹後王国〉での学びはいまや体験だけにとどまらない。
「王国内にある〈丹後王国ブルワリー〉では、ビールやソーセージ作りだけではなく、地域の作物の流通やここで作った商品を丹後内外、海外に向けて販売しています。また25年積み上げてきたビールづくりの経験を活かして昨年には〈ビール職人大学校〉を開校しました」。
いま、日本各地に育っている小規模醸造所マイクロブルワリー。ビールを通して地域に観光と産業を育てる。そんな流れをここから後押しし、地方創生を促進する人材を育成していくのだという。
西原さんがこの道の駅を通じて、伝えたいことはなんでしょうか。
「まずは、芝生広場や森を歩いて自然の中でくつろいでほしい。そしてこの王国のお店の店主の皆さんが京丹後の食材、卵や肉へのこだわり、パンや自家製のソーセージやビールの味を伝えたい。ここには、飼料にこだわった素材から吟味しているお店ばかりが集まっています。この道の駅で『ほんまもんの食』を知ってほしいです」。
そう誇らしげに話す西原さんは、『間人広場』でお店を営む皆さんを紹介してくれた。
卵かけごはんの店「KUIYA918」のオーナー杉内さんはイタリアンのシェフ。兵庫県でトラットリアを営みつつ、2拠点生活でこのお店を経営している。
杉内さんはこの店の創業時、地域のうまい卵を探して養鶏場に足を運び、自分の舌で飼料や育成環境など自身が味わい納得した5種類の卵を厳選。それに合う専用の醤油も作った。
「丹後はおいしいものがいっぱいあるから、名産のおかずも一緒に食べに来て欲しい。うちは朝7時から開店なので、朝ごはんにも来てください。サイクリストの人たちも早朝、ここに旅のスタミナをつけにやって来ますよ」。
丹後地域での朝は、ぜひ杉内さん自慢の卵を味わって1日をスタートして欲しい。なにしろこのお店の卵かけごはんは、食べ放題なのだから。
焼きたての日本&とフランスのパンを提供する〈campanio(カンパニオ)〉のオーナー中山さんは、大阪で働きながらパン作りを学び、京丹後へ帰郷。土地元のホテルに勤め、パンの製造をしていた縁で2020年にこの店をオープン。その直後にコロナという状況になったが、思いもしない幸運が訪れた。
「偶然日本のパンを勉強しに京丹後に来ていたフランス人のパン職人がコロナで出国できなくなり、うちに滞在することに。営業の自粛期間中に、じっくりと本場パリでしか味わえないパン作りを学ぶことができました」。
トントン拍子に腕を上げた中山さんのクロワッサンや菓子パン。地元の方をはじめ遠方からも買いに来るほど、味も香りも、なにより食感が絶品に。
「お店の商品には京丹後の牛乳や塩、北海道の小麦粉を使っています。この環境、ご縁、運とタイミングが重なって、すべてに感謝して営業しています」。
〈山と海 with 日本海牧場〉のオーナーシェフ安井さんの誇りは「京たんくろ和牛」を手頃においしく、多くの人に味わってもらうこと。実はこの和牛はとびきり健康的な環境で育っているという。
「お店でお出ししている〈京たんくろ和牛〉は、網野町の高天山中腹の日本海牧場で生まれ育っています。牛が安心して育つよう、日本海を見下ろせる日当たりのいい山の斜面でのびのび放牧して。飼料は地元農家さんの米や牧草と醤油粕。丹後の土地の食材や味で育てています」。
その肉を塊で仕入れ、オーダー・カットで供されるステーキは丹後の空と大地が育み、肉の職人が愛を込めて仕上げた味。安井さんのお話を聞くうちに、西原さんの言っていた「ほんまもんの食」の意味が少しずつわかってくる。
王国のフードコート〈七姫殿〉の店長小林さんは、石窯料理の達人。〈丹後王国〉がまだ道の駅ではなかった時代からここで丹後の美味を提供してきた。小林さんのピザは、生地を粉から打つクリスピータイプ。オープンは11時でも、午前中はずっと石窯の準備と仕込みに追われる。
「料理の準備は石窯に薪をくべて火を起こすところから。こうやって炎がまんべんなく上のドームに回って窯全体が丁度いい温度になるまで待ちます。熾火になったら打ち立てのピザ生地に丹後で収穫した野菜をゴロゴロ乗せて、焼く。ここの食材はうまいですよ。私はずっとここで、この仕事をしてきました」。
自家製ウインナーを焼きながら、照れくさそうに訥々と話す石窯料理のマイスターは、話す間に流れるような道具さばきで料理に火を通していく。
〈トン’sキッチン〉のオーナーの万代さんは、このお店をオープンさせる以前、お店で提供している「京丹波高原豚」を育てる南丹市の丹波高原の〈日吉ファーム〉で働いていた。「京丹波高原豚」は3種の豚をかけ合わせた三元豚。その豚を自然豊かな丹波高原の寒暖差の激しい環境で飼育、独自の飼料で霜降りに育て上げる。万代さんはこの豚の生まれ育ち、うまさの秘密を知り抜いた豚肉のプロフェッショナルなのだ。
「脂が甘く、肉質が柔らかい。うちはこの『京丹波高原豚』一頭まるごと仕入れて、部位ごとのうまさを味わえる料理を提供しています。ホルモンもとびきりうまいですよ。でもホルモンは鮮度が重要なので、私がOKを出せるいいものが入った時限定販売。入荷している時はぜひ味わってください」。
1日、みなさんにお話をうかがい、少し大きなスケールで食物について考えた。
海と天地(あめつち)が作物や塩をもたらし、その環境と作物で牛や豚、鶏が健やかに育ち、食材の飼料の由来と安全性を知る誇り高いプロたちの手で、料理や食品になる。
書くと当たり前なんでもないことだが、この王国の食物を味わうと、それは現代社会ではとても稀有なことなのだと気がつく。「ほんまもんの食」という西原さんの言葉は、途方もなく広く深く、大きな意味を持っていた。
言葉ではなく、体験することでしか学べないことがある。〈丹後王国「食のみやこ」〉の食のマイスターたちは、多くを語らず、ただそのおいしさでとてもたくさんのことを教えてくれる。
みなさん、ありがとうございます。ごちそうさまでした。