みちする

ひと:
栗の里の復活を
プリンに込めた願い

2023.05.02

道の駅しんぐうの物産館で、
大勢のファンを生み出している「渋皮煮プリン」。
このスイーツは新宮町内の栗スイーツ・栗加工専門店
〈くりすチェスナッツ〉で手作りされている。
パートナーの裕之さんと共に、
お店を切り盛りしているのが富田朋子さん。
彼女にスイーツのおいしさの理由を尋ねてみると、
栗と地元への深い愛情が伝わってきた。

「お嫁に来たときは、まさかこんな仕事をするなんて想像もしていませんでした」。

〈くりすチェスナッツ〉店内の厨房にて。スイーツの仕込みをきびきびとこなしながら、富田朋子さんは感慨深げにそう語ってくれた。
「私は加古川市出身で、主人がたつの市で生まれ育ったんですよ。主人は水道の仕事をしながら、好きなことも目いっぱい楽しんできました。夏にはフライボードのお店を開きましたね。いつも主人と『たつの市は若い人が少なくなっているから、新しいことをしたいね』って話していたんです」。

週末の営業に向けて、平日の朋子さんはスイーツの仕込みに追われている。

新宮町での生活をいきいきと楽しんできた富田さんご夫婦が〈くりすチェスナッツ〉を開店したのは、2021年10月のこと。同年末には一時的に閉店したものの、翌4月、お客さんたちのリクエストに応え、土日・祝日限定の和カフェとして営業を再開する。富田さんご夫婦はさまざまな活動を経てどうして、スイーツショップに興味を持ったのだろう?そう聞いてみると、
「やっぱり、新宮町では栗がたくさん採れますから」と答えてくれた。
「この町には昔ながらの家が多くて、庭に栗の木が普通に生えているんですよ。だから、新宮の人って栗を買わないんです(笑)」。

そもそも店名にも使われている「栗栖(くりす)」という単語は、「栗がたくさん生えている地域」という意味。奈良時代に書かれた「播磨国風土記」にも以下のような、揖保郡栗栖里についての描写が出てくる。

難波の高津の宮の天皇、勅して刊れる栗の子を若倭部連池子に賜ひき。即ち将ち退り来て此の村に殖ゑ生ほしき。故、栗栖と号く(要約:「仁徳天皇が若倭部連池子に栗の実を与えたところ、この村にたくさんの栗が生えた。だから、この場所は栗栖と名付けられた)」。

栗栽培を伝統的に行ってきた西播磨エリアで、朋子さんが「栗のスイーツを」と考えたのは、自然な流れだったのかもしれない。

「砂糖とラム酒以外の添加物を使わないから、うちの渋皮煮は甘くておいしいんですよ」と朋子さんは胸を張る。

そのうえで、〈くりすチェスナッツ〉のスイーツはこだわりがすごい。まずは採れたての栗を使って「渋皮煮」を作る。ひと手間もふた手間もかかった調理法を朋子さんが説明してくれた。

①「渋皮がついている栗を0度前後で冷凍して、熟成させます。そうすると甘みが増すので」。
②「次に、炭酸水で煮て、皮を柔らかくします」。
③「今度は炭酸抜きでまた栗を茹でる」。
④「それから、お砂糖と水に漬けて冷蔵庫で一晩寝かせます」。
⑤「朝になったら、追い砂糖とラム酒で瓶に漬けます」。

ここまでしてようやく、お店に並ぶ瓶詰の渋皮煮が完成する。
「正直、大きなメーカーさんの作るきれいな渋皮煮よりは、『手で剝いているな』って分かるような見た目ですよね(笑)。でもそれは、皮を柔らかくするための薬剤を一切使ってないから。ちょっと欠けているところも許してくださいね、という気持ち」。

いろいろな組み合わせを試して「渋皮煮には香りのいいラム酒が一番栗に合う」と確信したそう。

朋子さんが言う通り「甘くておいしい」渋皮煮は、そのまま食べてももちろんいい。ただ、あえてすり潰すことで、道の駅でも大人気の「渋皮煮プリン」の生地になる。この生地で特徴的なのは、はっきりと二層に色が分かれているところ。上の層の白い生地は爽やかな甘さながら、下の層には濃厚な栗の味が凝縮されている。

下の層はキャラメルのような甘さ。多くのお客さんが「栗だけでこんなに?」と驚くとか。

一体、この二層を生み出しているのはどのようなテクニックなのだろう?
「テクニックなんて(笑)。瓶に生地を詰めると、自然に二層に分かれていくんですよ」と朋子さんは笑いながら教えてくれた。層が分かれた後は茶わん蒸しのように、大鍋で生地の詰まった瓶を蒸し焼きにしていく。予想以上にシンプルなプリンの調理法だが、ここに至るまでに朋子さんは食材や工程について、試行錯誤を重ねてきたという。

「生地を冷やすだけでもプリンはできますけど、あえて熱することで風味が良くなると気づきました。余計な材料が入っていないのもうちの魅力でしょうか。たとえば、『栗の実を入れないの?』と人に言われて試したこともありました。でも、栗の実は生地の中に沈んでしまうから、せっかくのきれいな二層が崩れてしまうんです。舌触りも変わりますしね。ゴロゴロと実があるよりも、しっとりとしたプリンの食だけを味わってほしいんです」。

〈くりすチェスナッツ〉のスイーツは手作りだからこそ、朋子さんのこだわりが隅々まで込められている。

朋子さんの努力が実り、栗そのものの味と美しい色合いを引き出した「渋皮煮プリン」が誕生した。ただ、〈くりすチェスナッツ〉の和カフェは、土日と祝日のみの営業だ。たくさんの人に食べてもらうのは難しい。
スイーツのおいしさをもっと広めるため、富田さんご夫妻さんは道の駅しんぐうに商品を置いてもらえるよう頼み込んだ。2人の頼みを受け入れたのは〈しんぐう〉の岡本幹生駅長。彼に〈くりすチェスナッツ〉商品を置き始めた頃の気持ちを振り返ってもらった。

「〈くりすチェスナッツ〉のスイーツが入ってくると、すぐに売り切れてしまいます」と岡本駅長。

「2022年の末に、裕之さんから『スイーツを置いてください』って頼まれたんですよ。承諾はしたものの、最初は不安でした。作っているのは本職のパティシエさんではないし。でも、あっという間にプリンのファンが現れるようになったんです。いちごの生ジュレやガトーショコラといった、プリン以外のスイーツの名前もお客さんの間に知れ渡りました。〈くりすチェスナッツ〉の商品は道の駅の新しい名物。取り扱えることに、今ではすごく喜びを感じています」。

プリンに引き続き「生いちごジュレ」もたくさんのリピーターを生み出した。

〈くりすチェスナッツ〉の思いと道の駅のコンセプトも重なる部分が大きかったのかもしれない。朋子さんはスイーツ作りにおいて、「できる限り地元の食材を使いたい」「素朴でおいしいものにしたい」というモットーを抱いてきた。これらは地産地消の精神を大切にする、道の駅のあり方に共通している。そして、食を通じて地元の盛り上がりに繋げていきたいという願いも道の駅と一緒だ。

朋子さんは「できるなら新宮町で栗拾いの文化を復活させたい」と目標を掲げる。栗が結んだ和カフェと道の駅の縁。新宮町の一角からどのように地域が元気になっていくのか。たくさんの人に現地を訪れて見守ってほしい。

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